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ケン・ラッセルによる作曲家グスタフ・マーラーの伝記映画である。1911年、ウィーンに向かう列車。コンパートメントに座るのは、マーラーとその妻アルマ。彼の脳裏をよぎるさまざまな記憶。妻との甘い想い出もあれば、強烈な個性のワーグナー夫人、ユダヤ人であるがゆえに受けた差別や中傷…。悪夢のシーンが、ちょっとやり過ぎなくらい、相当に怖い。それは、当時は未だあらわれていないナチスの台頭を予感させるような、実に激しく、そしてきわどいものである。とりわけ、ものすごい形相のワーグナー夫人が鉤十字を振り回すところなど、絶句ものである。妻と余暇を過ごす別荘周辺の穏やかな自然がことのほか美しく描かれるだけに、そのギャップがいっそう恐ろしく迫ってくる。

天才作曲家マーラーと19歳年下の妻アルマ、二人は理想の夫婦として、誰もが羨む存在だった。しかし、グスタフはアルマに作曲を禁じ、それがもとで二人の間に亀裂が生ずる。愛する娘の死によって、それは決定的になるのだった。ちょうどその頃、アルマは5歳年下の建築家グロピウスと出会い、恋に落ちてしまう。それを知ったグスタフの混乱。名高い精神分析医フロイトに相談するのだが…。
パーシーとフェリックスのアドロン親子が、グスタフ・マーラー生誕150年、没後100年を記念して制作した、マーラーと妻アルマの愛と葛藤を、世紀末のウィーンを舞台に描く音楽伝記ドラマ。

バレエのルドルフ・ヌレエフ、シャンソン歌手のエディット・ピアフ、指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤン、ジャズ音楽家のグレン・ミラーという実在の四人の芸術家をモデルに、ベルリン、モスクワ、パリ、ニューヨークと舞台を移しながら、いわゆる“運命の糸”にむすばれた人々の物語、ドラマチックな人生を描いたドラマ。音楽を担当したのはミシェル・ルグランとフランシス・レイ。フィナーレは、モーリス・ベジャール振付でジョルジュ・ドンが舞う「ボレロ」。いささかてんこ盛りの感は否めないが、芸術は国を超え、人間に力を与えるものであることは間違いない。

第二次世界大戦下のソ連。戦火を逃れて疎開中のレニングラード国立オペラ・バレエ団。目前に迫ったバレエ『ガイーヌ』の初演に向け、団員たちは練習に余念がない。しかし、作曲担当はアラム・ハチャトゥリアンは、振付の度重なる変更に振り回されて苦悩する。そこにやって来たのは文化省の役人プシュコフ。さらなる無理難題を彼に押し付けるのだった。

かつてはコンクールの優勝候補だったピアニスト。戦争で腕を負傷し、演奏家の道をあきらめた彼は、シベリヤの開発地に技師として赴く。以前の華々しいステージを思い出しては苦しむのだが、アコーディオンを弾きながらシベリヤの民謡を歌う彼に涙する純朴な労働者たち。演奏家としての人生は失われても、音楽を生み出すことはできる。作曲家として、カンタータ『シベリヤの大地の物語』を完成させるまでのソ連版ミュージカル映画といった趣の作品。恋のもつれ、凸凹コンビの登場もあり、戦争が終わって間もなくの時期だと考えれば、良くできていると思う。
日本公開は1948年だが、その反響は大きく、劇中で歌われる「バイカル湖のほとり」「流刑人」「君知りて」「シベリヤの大地」などの歌によって、ロシア民謡ブームが訪れる。ソ連時代の制作だが、社会主義やシベリヤ開発の讃美は、プロパガンダというよりはむしろ、人々が社会主義の未来を信じ、戦後復興への意気込みに満ちていた、開発が善であり正義であり幸福への道だった時代の、ある意味ほほえましささえ感じさせる。

1958年、インディアン(アメリカ先住民族)の血を引くリンク・レイが発表した「ランブル」は人々に大きな衝撃を与えた。攻撃的とも言えるギターサウンド、歌詞がないにもかかわらず、放送禁止になってしまうほどだったのである。先住民族の血を受け継ぐロビー・ロバートソンやタブーをはじめ、イギー・ポップ、タージ・マハール、トニー・ベネット、スティーヴン・タイラー、マーティン・スコセッシら豪華アーティストたちの証言を通し、今日まで脈々と続くアメリカのポピュラー・ミュージック史において、あまり顧みられることのなかったインディアン・ミュージックが及ぼした影響と魅力にスポットライトを当てた音楽ドキュメンタリー。

パキスタンの古都ラホール。過激なイスラーム原理主義の台頭によって、音楽文化はここでも衰退、伝統音楽の演奏家たちも次々と職を失っていった。危機感を募らせた彼らは世界に活路を求め、未知のジャズに挑戦!古典楽器でカバーした名曲「テイク・ファイヴ」をネットにアップしたところ、世界中でセンセーションを巻き起こす。伝説の天才トランペット奏者ウィントン・マルサリスに招かれ、本場ニューヨークで世界最高峰のビッグバンドとの夢の共演が実現することに。奇跡のセッションが実現するまでの紆余曲折を追った感動のドキュメンタリー。

1972年1月、ロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会でおこなわれた、“ソウルの女王”アレサ・フランクリンによる二日にわたるライブは、アルバム『アメイジング・グレイス』のタイトルで発表され、ゴスペル・アルバムの不朽の名盤として、今なお多くの人々に愛されている。
今や伝説となったそのライブは、シドニー・ポラック監督のドキュメンタリー映画としても世に出るはずだったのだが、編集中に音と映像が同期しないという問題が発覚、お蔵入りとなってしまった。その後、技術的に解決されたことで、ようやく音楽ドキュメンタリーとして完成されたのである。

老婆で構成されたオーケストラを指揮する凶暴でエキセントリックな指揮者。脅えながら作画を始める気弱そうなアニメーターだが、演奏に合わせるうちに、ブラックユーモアを交えた想像力豊かなアニメを描き始め…。イタリア・アニメ界の巨匠、ブルーノ・ボゼットによるアニメと音楽のコラボ。原題の「アレグロ・ノン・トロッポ」は、速く、しかし急がずにという意味。人畜無害のディズニーと違い、こちらは毒にも薬にもなりそうなフェリーニ喜劇を思わせる作風。実際の演奏は、ヘルベルト・フォン・カラヤンが指揮するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団だ。

フランスの大西洋岸、ボルドーの街を流れるガロンヌ川の河口近くにあるBase sous-marine BETASOM。第二次大戦でフランス降伏後、イタリア海軍が建設した潜水艦基地である。通称Uボート・バンカー。戦争遺跡として保存され、今はミュージアムになっている。パリを拠点とするジャズ・ピアニスト、ジョバンニ・ミラバッシが、2002年、ここでソロのライブ・コンサートを開いた。曲目はアルバム“AVANTI!”から。イタリア人のミラバッシが、かつてイタリア海軍がフランスに建設し、独伊の潜水艦部隊が大西洋や地中海方面に出撃していった基地の跡で、抵抗をテーマにした音楽を奏でる。なんという組み合わせ!その着想がすばらしい。暗いドックの内部に、一条の光が差すような繊細かつ重厚な音。演出と照明も秀逸だ。演奏の合間に挿入された準備の風景、ミラバッシへのインタビューも楽しませてくれる。
Base sous-marine BETASOMについては、ボルドー市のホームページを。
http://www.bordeaux.fr/p136188/base-sous-marine
ウォルフガング・ペーターゼンの『U・ボート』が戦争当時のUボート・バンカーの様子を伝えてくれる。

中島みゆき。シンガーソングライター、ラジオパーソナリティ、ヤマハ・ポプコン出身、ふられ女の怨み節、卒論テーマは谷川俊太郎…、何を語ればこの人を伝えられるだろうか。この国にあって希有なミュージシャンであることは疑いない。『週刊現代』に「日本人よ、いまこそ中島みゆきを聴こう」という大特集(2020年4月25日号)が組まれるほどだ。メロディもすばらしいが、コトバにこそ彼女の真骨頂がある、いわば詩人ではないだろうか。彼女の歌に何を見出すか、それは視聴者におまかせしたい。
2007年、9月29日の岐阜県可児市文化創造センターから始まった全国コンサートツアーは、12月27日の福岡サンパレスまで、全32公演で10万人を動員した。この映像は12月18・19日の東京国際フォーラムにおけるライブを中心に、舞台裏や移動の風景を織り込んだものになっている。本人はコントラルトというが、どうして、高音域まで良く伸びる声。今回の選曲ではそれが表に出にくいが、エンディングに手話を交えて感動的な「with」、小さき者への応援ソング「ファイト!」など、人と社会の関係を歌う中島みゆきの純真さと迫力に圧倒される。

フランスの劇作家ボーマルシェの書いた風刺的な戯曲を題材に、ロッシーニが作曲した全二幕のオペラ・ブッファである。チャーミングなベルガンサ、イケメンで美声のアルヴァ、粋なプライ、愉快なダーラ、豊かな表情のモンタルソロと、あまりに豪華すぎる配役。歌はもちろんのこと、みな芸達者のうえ、ポネルの演出で面白いことこの上なし。この演目の最高傑作と言っても良いだろう。みごとな演奏を聴かせるスカラ座管弦楽団を指揮するのは、当時音楽監督だった39才のアバド。ふさふさした黒髪の若々しい姿に、女性がイチコロになったのも納得。とにもかくにも、まずはご覧あれ。
配役:
アルマヴィーヴァ伯爵 ルイジ・アルヴァ(T)
バルトロ(医師) エンツォ・ダーラ(Bs)
ロジーナ(バルトロの姪) テレサ・ベルガンサ(Ms)
フィガロ(理髪師) ヘルマン・プライ(Br)
バジーリオ(音楽教師) パオロ・モンタルソロ(Bs)
フィオレルロ(伯爵の召使) レナート・チェーザリ(Br)
ベルタ(バルトロ家の女中) ステファニー・マラグー(Ms)
アンブロージョ(バルトロ家の召使) ハンス・クレーマー(Bs)
士官 ルイジ・ローニ(Bs)
指揮: クラウディオ・アバド
演出: ジャン=ピエール・ポネル
演奏: ミラノ・スカラ座管弦楽団、合唱団
収録: 1971年・ミラノ(音声)/1972年・ザルツブルク(映像) 140分

国王ハインリヒがハンガリー出兵のために兵を募る。ブラバント公国では世継ぎゴットフリートが行方不明になり、テルラムントは王に、姉エルザこそが弟殺しの容疑者であると訴える。エルザは王の問いに対し、神に遣わされた騎士が自分の潔白を証明するために戦うと釈明する。王が挑戦者を呼ぶラッパを吹かせると、白鳥が曳く小舟に乗って騎士があらわれた。騎士は、自分の名前や素性をたずねないことをエルザに約束させ、テルラムントとの決闘にのぞみ、勝利する。
敗れたテルラムントの妻オルトルートは魔女だった。二人は復讐の策を練り、何者かわからない騎士に対する疑念をエルザに吹き込む。不安がつのったエルザは、とうとう口にしてはならない禁断の問いを口にしてしまう。そこに現れたテルラムントを、騎士は一撃にて倒す。
国王、騎士らを前に、騎士は自分が聖杯を守護するパルジファル王の息子、ローエングリンであることを明かし、それを知られたからには去らねばならないと告げる。ローエングリンが祈り、オルトルートの魔法を解くと、白鳥はゴットフリートの姿に戻る。驚いたオルトルートが倒れ、エルザもまたゴットフリートの腕の中で息絶える。
1982年のバイロイト音楽祭で収録されたオペラ映像。ペーター・ホフマンとカラン・アームストロングという美男美女の配役である。ホフマンは、ヴィントガッセンのような重量級ヘルデン・テノールとは違うものの、その気品ある甘い歌声と演技、どことなく寂しげな風貌が、去りゆく運命の白鳥の王子にはまことに適役。ロック歌手としても人気を博した彼のローエングリンを、ぜひご覧いただきたい。
ヒトラーがワーグナーの音楽を愛したことは良く知られている。じっくり見ると、この作品にも、ヒトラーとナチスが利用するのに好都合なストーリーを含んでいることがわかる。第3幕での国王ハインリヒによる「ドイツの国のために、ドイツの剣をとれ!」の台詞は、第三帝国とゲルマン民族の国威発揚のために、あらゆるところで、あらゆる機会に利用された。そのことに気づいたチャップリンは、自身による映画『独裁者』の中で、独裁者ヒンケルが地球儀をもて遊ぶシーン及びラストで、第1幕への前奏曲を用いている。ただ、ワーグナーはヒトラーのために作曲したわけではないし、このような形で利用されるとは思っていなかっただろう。地面の下で憤慨しているかもしれないが、ワーグナー自身も強いドイツを望む大ドイツ主義者であったことも、また確かだ。
配役:
ローエングリン ペーター・ホフマン(T)
エルザ カラン・アームストロング(S)
国王ハインリヒ ジークフリート・フォーゲル(Bs)
オルトルート エリザベス・コネル(S)
テルラムント伯 レイフ・ロアル(Br)
軍令使 ベルント・ヴァイクル(Bs)
指揮: ウォルデマール・ネルソン
演出: ゲッツ・フリードリヒ
演奏: バイロイト祝祭管弦楽団、合唱団
収録: 1982年・バイロイト 200分

メリメの小説『カルメン』を元に、ビゼーが作曲。当初はオペラ・コミック様式で書かれていたが、不評だったため、グランド・オペラへの変更が依頼された。しかし、ビゼーの急死により、友人の作曲家ギローが改作を引き継ぎ、これが今日にいたるまで演奏されている。
1967年のザルツブルク音楽祭で上演された『カルメン』は、豪勢な舞台装置、バンブリー、ヴィッカース、フレーニなど、細かな配役にまで理想的な歌手を惜しげもなく揃えた贅沢極まりない公演だった。本作は、それを元に作られたオペラ映画。音楽だけでなく、映像制作まで関心が深かったカラヤンらしいできばえ。
配役:
カルメン(ジプシー女) グレース・バンブリー(Ms)
ドン・ホセ(竜騎兵伍長) ジョン・ヴィッカース(T)
ミカエラ(ホセの許嫁) ミレッラ・フレーニ(S)
エスカミーリョ(闘牛士) フスティーノ・ディアス(Br)
フラスキータ(ジプシー女) オリヴェラ・ミリャコヴィッチ(S)
メルセデス(ジプシー女) ユリア・ハマリ(Ms)
モラレス(竜騎兵伍長) ロバート・カーンズ(Br)
スニーガ(竜騎兵中尉) アントン・ディアコフ(Bs)
ダンカイロ(密輸業者) クルト・エクウィルツ(Br)
レメンタード(密輸業者) ミレン・パウノフ(T)
指揮: ヘルベルト・フォン・カラヤン
演出: ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏: ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団
収録: 1967年・ウィーン(音声)/1967年・ミュンヘン(映像) 163分

シェイクスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』を原作とした、ヴェルディの最後のオペラ作品。20世紀クラシック界に君臨した晩年のカラヤンが、ザルツブルク音楽祭でこれを上演。主人公のファルスタッフに、当たり役のジュゼッペ・タデイを迎え、パネライ、アライサ、カバイヴァンスカ、ルードヴィヒら豪華キャストで固め、ウィーン・フィルが演奏するという、カラヤンのカリスマ性があってこそ実現したキャスティングといえよう。
配役:
ファルスタッフ ジュゼッペ・タディ(Br)
フォード(アリーチェの夫) ローランド・パネライ(Br)
フェントン フランシスコ・アライサ(T)
カイウス(医師) ピエロ・デ・パルマ(T)
バルドルフォ(ファルスタッフの家来) ハインツ・ツェドニク(T)
ピストラ(ファルスタッフの家来) フェデリコ・ダヴィア(Bs)
アリーチェ(フォード夫人) ライナ・カバイヴァンスカ(S)
ナンネッタ(アリーチェとフォードの娘) ジャネット・ベリー(S)
クイックリー夫人 クリスタ・ルードヴィヒ(Ms)
ページ夫人 トゥルデリーゼ・シュミット(Ms)
バレエ: ザルツブルク州立劇場バレエ学校、ウィーン国立歌劇場バレエ団
合唱: ウィーン国立歌劇場合唱団
指揮: ヘルベルト・フォン・カラヤン
演出: ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏: ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
収録: 1982年・ザルツブルク音楽祭(ライブ) 135分

レオポルト侯の息子エドウィンと歌手のシルヴァは相思相愛の仲。ところがエドウィンの両親は従姉妹のアナスターシアとの婚約を決めてしまう。
公演から戻ったシルヴァはボニ伯爵夫人と偽って婚約披露宴にあらわれる。アナスターシアもボニと意気投合。そこでエドウィンはシルヴァとの結婚を宣言するのだが、両親は歌手との結婚なんて言語道断と、大反対にあってしまう。
ひょんなことから、エドウィンの母親である侯爵夫人も、かつて歌手だったことが発覚、シルヴァとの結婚に反対できなくなり、めでたしめでたしの大団円で幕がおりる。
華やかなチャルダーシュのメロディ。むせびなくようなヴァイオリンの音色は、まさにジプシー音楽そのもの。そして激しいハンガリアン・ダンス。ウインナ・オペレッタの魅力が凝縮された作品である。主役が美貌のアンナ・モッフォに端正なルネ・コロの二人とくれば、もう何もいうことはあるまい。これまで日本ではあまり知られることのなかったカールマンだが、ミュージカルと見まごうばかりの本作によって一気にブレイク。ぜひご覧あれ。
配 役
シルヴァ アンナ・モッフォ(S)
エドウィン ルネ・コロ(T)
アナスターシア ダグマール・コラー(S)
ボニ サンドール・ネメス(T)
フェリ ラスロ・メンシャロシュ(Bs-Br)
指揮:ベルト・グルント
演奏:クルト・グラウンケ管弦楽団
監督:ミクロス・シネター
制作:1971年・独・101分

1936年、初演を間近にした交響曲第4番を、リハーサルの場で自ら楽譜を回収し。封印してしまったショスタコーヴィチ。ソビエト当局から睨まれていると感じたのか、それとも忠告があったのか。その引き金となった作品が、この歌劇『ムツェンスク郡のマクベス夫人』である。
シェイクスピアのマクベス夫人は、上昇志向の強い毒婦として描かれるが、ショスタコーヴィチがこの作品で描く女主人公は、ロシアの封建的な商家の暗い、過酷な家庭環境に疑問を抱き、行動することをためらわない才能ある美しい女性という設定である。彼は、女性についての歌劇四部作を考えていたようで、新しい時代の、意志を持った自立した女性を中心テーマに据えるつもりだったのであろう。これは、その第一作なのだが、プラウダ批判のために頓挫してしまったのが惜しまれる。
商家の平凡な結婚生活に退屈していたカテリーナは、新しく使用人に雇ったセルゲイが女中を暴行しようとするのを止めたは良いものの、今度は自分が暴行されそうになる。難を逃れたカテリーナは、なぜかセルゲイに興味が湧いて…。夜、寝室を訪れた彼と一夜を過ごしてしまう。
翌朝、それを見咎めた義父のボリスを毒殺し、帰宅した夫のジノーヴィも殺害。夫が行方不明ということにして、二人は結婚式をとりおこなうのだが、泥棒が酒蔵に隠していた夫の死体を見つけて万事休す。二人ともシベリア送りとなってしまう。
その途上、セルゲイは若い女囚ソニェートカに好意を抱くのだが、交換条件に靴下を要求され、カテリーナを言いくるめて彼女の靴下をとりあげ、思いを遂げる。ソニェートカは、船上でそのことを自慢げにカテリーナに吹聴したものだから、さあ大変。逆上した彼女に酷寒の川に突き落とされてしまう。カテリーナも身を投げ…。
舞台も音楽も、暴力的だったりエロティックだったりと、過度に刺激的だが、性行為を音楽で表現するところなど、ショスタコーヴィチの才能には舌を巻いてしまう。凄まじい退廃ぶりのソ連版ヴェリズモ・オペラ。
舞台を現代に置き換え、ヤンソンスが指揮するロイヤル・コンセルトヘボウをバックにしたウェストブロックの体当たり演技に拍手!
配 役
カテリーナ エファ=マリア・ウェストブロック
セルゲイ クリストファー・ヴェントリス
ボリス ウラジーミル・ヴァネーエフ
ジノーヴィ リュドヴィート・ルドハ
アクシーニャ キャロル・ウィルソン
ボロ服の農民 アレクサンドル・クラヴェツ
警察署長 ニキータ・ストロジェフ
司祭 アレクサンドル・ヴァシーリエフ
ソネートカ ラニ・ポウルソン
指揮:マリス・ヤンソンス
演奏:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
合唱:ネーデルラント・オペラ合唱団
監督:ミハイロ・シャピーロ
演出:マルティン・クシェイ
収録:2006年・ネーデルラント・オペラ 166分

1936年に発表された歌劇『ムツェンスク郡のマクベス夫人』は、レニングラードのマールイ劇場(現ミハイロフスキー劇場)での初演直後から大反響で、批判もあったが、同じくレニングラードのネミローヴィチ=ダンチェンコ劇場、モスクワのボリショイ劇場の三つの劇場で二年以上にわたって83回も上演された。
ある日、側近を伴って訪れた独裁者スターリンが憤慨、椅子を蹴って退出したことから、プラウダ紙が「音楽の代わりに荒唐無稽」と批判を展開、以後、お蔵入りとなってしまった。下品な台詞を修正し、過度に自然主義的ないくつかの曲を入れ替え、1963年にできた改訂版が、この歌劇『カテリーナ・イズマイロヴァ』である。
このシャピーロによって1966年に制作された映画は、ソプラノ歌手のヴィシネフスカヤを主役のカテリーナに起用し、その他の配役は俳優が演じている。歌の箇所は、後から歌手がかぶせる手法。公開直後から、ヴィシネフスカヤの歌と演技が素晴らしい、完成度の高いオペラ映像と絶賛された貴重な作品である。
配 役
カテリーナ・イズマイロヴァン ガリーナ・ヴィシネフスカヤ
セルゲイ A.イノゼムツェフ(演技)
V.ドレイティヤーーク(歌)
ジノーヴィ・ボリーソヴィチ N.ボヤールスキイ(演技)
V.ラディエフスキイ(歌)
ボリス・ティモフェーヴィチ A.ソコローフ(演技)
A.ヴェデールニコフ(歌)
ぼろを着た農夫 R.トカチューク(演技)
V.リョーカ(歌)
ソニェートカ T.ガヴリローヴァ(演技)
V.レカ(歌)
監督:ミハイロ・シャピーロ
指揮:コンスタンティン・シーモノフ
演出:A.トゥベンシュリヤーク
演奏:キエフ歌劇場管弦楽団
合唱:キエフ歌劇場合唱団
収録:1966年・ソ連(レンフィルム) 117分

休暇をもらって故郷へ帰る1人の兵士。彼がひと休みしてお気に入りのバイオリンを弾いていると、老人の格好をした悪魔が現れ「魔法の本」とバイオリンを交換しようと言う。「魔法の本」のお陰で兵士は富と名声を手にするが、何故か心は満たされない。そんな時、またも悪魔が現れて…。
アレクサンドル・アファナーシェフが採集・編纂したロシア民話に、20世紀を代表する作曲家ストラヴィンスキーが曲を付けたバレエ音楽劇を、腹話術師いっこく堂が、歌唱なしで演ずる舞台作品。いっこく堂は、兵士と悪魔が繰り広げるドラマを、一人二役の腹話術で演じ分ける。未来がわかる「魔法の本」を悪魔から手に入れた兵士だったが…。名作音楽劇を、いっこく堂と篠井英介が熱演。
作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー
脚本:シャルル=フェルディナン・ラミュ
演出:山田和也
翻訳:岩切正一郎
出演: いっこく堂、篠井英介
踊り:ファス・バレエダンサーズ
市川透、足川欽也、荻本美穂、日原永美子
指揮:笠松泰洋
演奏:アンサンブル・ゾリステン
ヴァイオリン 室屋浩一郎
コントラバス 前田芳彰、松村裕子
クラリネット 松本健司、有馬理絵
ファゴット 藤田旬、鎌田比呂美
トランペット 神代修、池田英三子
トロンボーン 丸山博文、堀さゆり
打楽器 佐々木啓恵、稲野珠緒

舞台はポーランドの農村。農村ではあるが、居酒屋兼宿屋もあれば市長もいるというから、ちょっとした町である。もちろん教会も。当時の市(し)は、今日の日本のそれとは違い、ごくごく小さなものだった。町の一角にはコッペリウス博士なる偏屈老人が営む玩具工房も…
毎日その工房のバルコニーには読書する美少女の姿。この少女、コッペリアというらしいが、挨拶もしなければ誰の呼びかけにもこたえない。近所に住む村の人気娘スワニルダも気になってしょうがない。このところ婚約者のフランツがコッペリアに夢中の様子で、ご機嫌ななめなのだ。
コッペリウス博士は毎晩、家の戸締まりをして居酒屋で一杯やるのを楽しみにしている。この日も晩酌に出かけたのだが、変わり者の爺さんをからかおうとする村の若者との間で一悶着。そのときに家の鍵を落としてしまった。鍵を拾ったのはスワニルダとその友人たち。謎の少女コッペリアの正体を知るチャンスと、みんなでおそるおそる家の中へ…。
工房の中はからくり人形がいっぱい。コッペリアもそのひとつだった!いい気分で帰ってきたコッペリウス博士、玄関が開いているのに気づき、そっと中の様子をうかがうと、女の子たちがはしゃいでいるではないか。かんかんに怒って少女らを追い出したものの、食器棚の後ろに隠れたスワニルダに気づかない。そこへフランツがコッペリア会いたさに梯子を使って二階の窓から入ってきた。
コッペリウス博士は薬入りの酒をフランツにすすめる。魔術の本を参照しながら、気を失ったフランツの魂を人形のコッペリアに移し替えようというのだ。やがて動き出すコッペリア。初めぎこちない動きだったが、だんだん滑らかに、そしてついに踊り出したのだ!踊りは激しくなり、手がつけられないほどに…。
そのときスワニルダの友人たちが入ってきた。フランツも目を覚ます。踊っていたのはコッペリアになりすましたスワニルダだった。スワニルダの悪戯、そしてコッペリアも他の人形と変わりないことがわかったコッペリウス博士は肩を落とす…。
翌日、村の教会に新しくつけられる鐘がやって来た。鐘を寄贈した公爵もいっしょである。村中総出で迎え、みんなで踊ってお祝い。スワニルダとフランツも仲直り。ちょっとばかり不機嫌のコッペリウス博士も袖の下をもらってまんざらでもない様子。ということで大団円、めでたし、めでたし。
とまあ、ストーリー展開を書いてしまったわけだが、バレエは「この先どうなるのか」というハラハラドキドキ感よりも、音楽に合わせた踊りと舞台を楽しむものだから、まあいいだろう。
英国ロイヤル・バレエ団は、アイルランドのダブリン出身のニネット・ド・ヴァロが1931年に興した私設のヴィック・ウェルズ・バレエを前身とし、フランスのパリ・オペラ座、ロシアのマリインスキー・バレエと合わせて世界三大バレエ団の一つとされる歴史も伝統も格式も高いバレエ団。そのロイヤル・バレエ団が得意とする演目の一つが『コッペリア』である。最近は斬新な振付も登場しているが、このニネット・ド・ヴァロワによるものは、古典的ではあるが観客にもわかりやすいストーリー展開で、今なお本作品のスタンダードとして高く評価されている。
この公演では、スワニルダを踊るはずだった吉田都が練習中に腰を痛め、急遽リアン・ベンジャミンが主役を務めることになったという。そのせいか、幾分ぎこちなさや綻びが垣間見えるのだが、作品の良さ、楽しさは十分に伝わってくる。カルロス・アコスタはキューバ生まれ。ロイヤル・バレエ団初の黒人系プリンシパルだ。
指揮者のニコラエ・モルドヴェアヌは1960年ルーマニア生まれ。日本ではあまり知られていないかもしれないが、ボーンマス管弦楽団の常任指揮者を務めたことにより、英国を中心にヨーロッパ中で指揮をしている。第一幕前の有名なマズルカのピッチが少々速くてびっくりだが、さすがはコヴェントガーデンのオーケストラ、一糸乱れずについていっている。
振付:ニネット・ド・ヴァロワ
音楽:レオ・ドリーブ
美術:オズバート・ランカスター
出演:スワニルダ:リアン・ベンジャミン
フランツ:カルロス・アコスタ
コッペリウス博士:ルーク・ヘイドン
コッペリア:レアーナ・パルマー
他:英国ロイヤル・バレエ団
演奏:コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
指揮:ニコラエ・モルドヴェアヌ
収録:2000年・コヴェントガーデン王立歌劇場(ライヴ)

バレエ『コッペリア』動画へリンク

音楽ライブラリーにジョン・エリオット・ガーディナー指揮、オルケストレル・レヴォリューショネール・エ・ロマンティークの演奏によるベルリオーズの『幻想交響曲』がある。>リンク 作曲当時の古楽器(ピリオド楽器とも呼ぶ)を使い、作品ができた時代の音、ベルリオーズの意図した音が聴けるという点で実に興味深い。オフィクレイドなど、今日の演奏会ではほとんど見ることも聴くこともない楽器が登場する。
オフィクレイドは、ルネサンス期からある蛇のようにくねくね曲がったセルパン(まさにフランス語で蛇)をもとに生み出された低音担当の金管楽器である。管のほぼ中央でファゴットのように折れ曲がっているのが特徴で、管体の孔をキー機構で開け閉めする機構をもっている。なお、サキソフォンの原型はオフィクレイドから派生したらしい。オフィクレイドの語原もギリシャ語の蛇から来ているが、蛇を思わせる形ではない。セルパンの後継ということで付いた名前なのだろう。
今日、オフィクレイドが『幻想交響曲』の演奏で使われることはほとんどない。金管低音部を受け持つのはたいていチューバである。オフィクレイドはチューバほどの音量を出すことができないので、大編成のオーケストラだと複数を必要とするのだが、楽器も奏者も限られている。そのせいだろう、小編成で古楽器による演奏であることを前面に打ち出した演奏会に登場することが多い。そう、昔の交響曲は今みたいな大所帯を必要としなかった。総勢百人のオーケストラなどというのは後期ロマン派、ワーグナーやマーラー、リヒャルト・シュトラウス時代の産物である。今日、こうした大音量が当たり前になってしまったのは、なにごとにつけ刺激がないと物足りなく感じる今時の聴衆の求めに応じてなのか、日常から爆音にさらされて人々の聴覚機能が衰えてしまったせいなのか…。
そういう意味では、この『幻想交響曲』は、音楽の歴史を感じさせるだけでなく、音自体が清々しさにみちている。それでいて迫力不足、物足りなさなど微塵も感じさせない。音のみのCDとは違い、オフィクレイドをはじめ様々な古いタイプの楽器を目と耳で確かめることができるのも楽しいだろう。演奏会場がヴェルサイユ宮というのも特筆ものだ。

マーラーの名が、わが国ではまだそれほどポピュラーではなかった頃、そして演奏を聴く機会も少なかった時代、すでに英国ではこのようなライブ映像を残していた。大英帝国の栄光はとうに失せ、経済は低迷し、没落貴族の国としか見なされていなかったにもかかわらず、世界中から良いモノを持ってきてしまう能力だけは保持していたのか。そんな憎まれ口のひとつも言いたくなる。
マーラーを得意とするバーンスタインが、柔軟で国際色豊かなロンドン交響楽団を振った演奏である。おっ、チューバはジョン・フレッチャーか。男性ばかりのオーケストラというのも時代を感じさせるが、シーラ・アームストロングとジャネット・ベイカーによる独唱は秀逸。このコンビによる音楽CDもリリースされており、音はそちらの方が良いのだが、このイーリー大聖堂の見事さはどうだ。ロンドンから電車で一時間とちょっとのところ、900年以上前に立てられたノルマン様式の堂内は、石造りのせいか、ゾクッとさせるような雰囲気と豊かな残響にみたされている。
独唱:シーラ・アームストロング(ソプラノ)
ジャネット・ベイカー(メゾソプラノ)
合唱:エディンバラ音楽祭合唱団
合唱指揮:アーサー・オールダム
演奏:ロンドン交響楽団
指揮:レナード・バーンスタイン
録音:1973年・イーリー大聖堂(ライブ)
音楽CDの紹介:マーラーの《 復活 》

映像付きのマーラーの《復活》は、バーンスタインとロンドン交響楽団による1973年のものを紹介ずみである。演奏も素晴らしいが、荘厳なイーリー大聖堂にも目を奪われるものだった。と同時に、男性ばかりのオーケストラに時代を感じさせられる。
今回紹介するのは、小澤征爾とサイトウ・キネン・オーケストラによる2000年のライブ映像である。小澤征爾のもと、世界選抜のような実力を持つサイトウ・キネン・オーケストラ、気心知れた晋友会合唱団をバックに、ソプラノの菅英三子とコントラルトのナタリー・シュトゥッツマンといった世界で活躍する二人の独唱者を迎えた、とびきり豪華な陣容で迫るマーラー。もともと音響に定評があった東京文化会館だが、99年のリニューアルによって現代の水準からしても素晴らしいものに生まれ変わった。この映像は、NHKのテレビ放送がもとになっている。
曲と演奏については、音楽ライブラリーのところにも書いたので、そちらも参照してほしい。音質は、やはりCDにはかなわないが、どこでどんな楽器が登場するのか、どんな音を奏でるのか、指揮者や演奏者、独唱者の表情を見ることができるのは、また別の楽しみがある。
独唱:菅英三子(ソプラノ)
ナタリー・シュトゥッツマン(コントラルト)
合唱:晋友会合唱団 関屋晋(合唱指揮)
指揮:小澤征爾
演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ
録音:2000年・東京文化会館大ホール(ライブ)
音楽CDの紹介:マーラーの《 復活 》

キリスト教の信仰に由来するレクイエムの多くはラテン語で歌われる。しかし、聖職者ではないふつうの民衆を思い、ブラームスはルターによるドイツ語の聖書をもとに、ドイツ語によるレクイエムを書いた。中世の修道院の中、そこに響く厳かな音楽は、まさにキリスト教世界を背景にしたものなのだが、なにか親しみを感じさせてくれる。独唱のマティスとブレンデルの素晴らしさはもちろん、手塩にかけたバイエルン放送交響楽団を指揮するクーベリックの熱気が凄まじい。このような生演奏を聴くと、やはり音楽というのは一期一会なのだと納得させられてしまう。詳しくは《音楽ライブラリー》を。
音楽CDの紹介へ:ブラームスの『ドイツ・レクイエム』 9jブログ【音楽】に跳びます。

ベルリンの壁が崩壊して一ヶ月、それを祝う演奏会が開かれた。対立しあっていた関係国の音楽家たちが結集し、バーンスタインの指揮のもと、見事な演奏を披露。そして分断されていた祖国の再統一を祝う東西ドイツの市民たちの熱狂。音楽文化は国境も政治も超越する。詳しくは《音楽ライブラリー》を。
音楽CDの紹介へ:ベートーヴェン 第九『合唱』 9jブログ【音楽】に跳びます。

共産主義体制に反対し、チェコ・フィル首席指揮者の地位を投げうって西側に亡命した名指揮者クーベリックが42年ぶりに祖国を訪れ、《プラハの春》でチェコ・フィルと『わが祖国』を演奏するというこれ以上なく感動的なステージ。積年の垢を洗い落とし確信に満ちたクーベリックの音楽、チェコ・フィルが全身全霊を傾けての演奏。『わが祖国』演奏史に偉大なページを刻んだ名演です。
(商品説明から)
ファンファーレ スメタナ 歌劇《リブシェ》より
チェコ&スロヴァキア国歌
スメタナ 連作交響詩《わが祖国》全曲
第1曲 高い城
第2曲 モルダウ
第3曲 シャールカ
第4曲 ボヘミアの森と草原から
第5曲 ターボル
第6曲 ブラニーク
指揮:ラファエル・クーベリック
演奏:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
収録:1990年5月12日 プラハ スメタナ・ホール(ライブ) 86分
音楽CDの紹介:スメタナ 交響詩『わが祖国』 9jブログ【音楽】に跳びます。

1959年7月11~12日、米ロードアイランド州ニューポートのフリーボディ・パークで、第一回ニューポート・フォーク・フェスティバルが開催された。ピート・シーガーやキングストン・トリオ、ボブ・ギブソン、ジョーン・バエズなどが出演し、フォーク・ブームの幕開けを告げたのである。65年、アコースティックギターからエレキギターに持ち替えたボブ・ディランが登場。保守的な聴衆が憤る一方、新感覚の人々は支持し、その大きな混乱はロックの流れを変えることにもなった。断片的ではあるが、ジュディ・コリンズ、PP&M、オデッタなど、当時のフォークのスター達の歌と演奏を楽しむことができる。それ以上に、音楽とは何か、フォーク・ミュージックとは何かを考えさせられるものとなっている。

1961年、世の中が大きく変わり始めた激動のアメリカ。ミネソタからニューヨークへやって来た一人の青年、それがボブ・ディランだった。ミュージシャンのピート・シーガーと出会い、彼の導きでプロのミュージシャンとしての一歩を踏み出す。まだ名もなき存在であったが、彼の生み出す楽曲は若者の心を捉え、時代の寵児となっていく。しかし高まる名声、周囲の期待と自らの創作的欲求がかみ合わず、葛藤が募っていくのだった。若きボブ・ディランがスターダムを駆け上がっていく日々に焦点を当て、ピート・シーガーやジョーン・バエズをはじめミュージシャン仲間や恋人との交流を軸に、名曲誕生の瞬間や今も語り継がれる伝説のステージを巡る秘話を描く音楽伝記ドラマ。ボブ・ディランを演ずるティモシー・シャラメは、劇中すべての歌唱シーンを吹き替えなしで演じた。その圧巻のパフォーマンスが話題になっている。

ニューヨークの160km北、ベセルにあるヤスガー農場で、1969年8月15日から三日間渡って行われたロックの伝説的祭典。主催者は10万人規模を想定していたらしいが、当時のロック界のトップスター競演というプログラムに、人間性回復のカウンター・カルチャーへの共鳴、“若者革命”の当事者を自負する40万人が集まる一大イベントとなった。
若きドキュメンタリー映画作家のウォドレー指揮のもと、15人のカメラマンを含む80人のスタッフ、スコセッシの編集が功を奏し、「愛と平和と音楽の3日間」のサブタイトル通りの感動を世界に伝えるものに仕上がっている。

世界的指揮者のもとに、対立が続くパレスチナとイスラエルの若者たちで構成されたオーケストラを結成し、平和を願うコンサートを開くという企画が持ち込まれる。オーディションで選抜された20余人の若者たちが顔を揃えるのだが、互いに憎しみ合い、不信感は増すばかり。そんな中、南チロルでの3週間の合宿が始まるのだったが…。
パレスチナとイスラエル双方の若者たちで構成された実在のオーケストラ、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団。それに着想を得て紡がれた音楽ヒューマン・ドラマである。和平オーケストラを結成するために集められた若者たちが、葛藤しながらも音楽のもの力で対立を乗り越えようと奮闘する合宿を描く。